空飛ぶ円盤の背負う“影” 1947-48を中心に
中根ユウサク(筆者紹介)
小学館が発行する学年別学習雑誌。この雑誌の歴史をたどると、戦時中から戦後間もない頃の期間において「少國民の友」という誌名を確認することができる。今やこの雑誌の名を知る人も多くはないだろう。そしてこの雑誌が、日本初の“空飛ぶ円盤”を題材にした小説を掲載していたことも――
版元である小学館は、学習雑誌と共に始まったといっても過言ではない。同社の創設は1922年(大正11)だが、同年「小學五年生」「小學六年生」を創刊。その後も各学年の学習雑誌を創刊してゆき、3年後の1925年(大正14)年には全六学年の雑誌が揃うことになる。だが時代が昭和へと移り変わり戦争が始まると、メディア統制等を目的とした国家による雑誌の統廃合が進められる。小学館の学習雑誌も統合され、新たに生まれた雑誌のひとつが「少國民の友」であった。刊行時期は1942(昭17)年2月から1948(昭23)年11月。そして1948(昭23)年7月号から休刊する11月号にかけて計5回連載された作品が、日本初の空飛ぶ円盤を題材にした小説「長編冒険科學小説 空飛ぶ円盤」であった。著者は植原路郎、挿絵は土村正寿である。
ところがこの作品、物語が完結する前に雑誌が休刊となったため、残念ながら未完。簡単に物語に触れておくと、舞台は1999年の未来。船の難破によって南海の孤島、奇怪島に流された主人公たちは、最新鋭の科学技術を持つ謎の組織の存在を知る。最終回は、島の秘密を暴くため武装警官隊が上陸。組織は基地を破壊し、一輪車状の“空飛ぶ円盤”で空を駆け、逃げ去ってゆくのであった……。
未完ゆえ、組織の正体は最後まで不明。しかし何らかの犯罪組織であることを匂わせており、少なくとも別の惑星からきた“宇宙人”ではない。
今日、我々は「空飛ぶ円盤」(UFO)と聞けば、すぐさま「宇宙人の乗り物」というイメージを抱いてしまう。しかしこのイメージは、空飛ぶ円盤が認知された当初から明確にあったわけではない。
空飛ぶ円盤をめぐる狂想曲は1947年6月24日に幕を開けた。この日、ワシントン州レーニア山上空を自家用飛行機で飛行していたケネス・アーノルドが、高速で飛行する9つの物体を目撃し、新聞がこれを“Flying Saucer”と名付けて報じる。世界初のUFO事件として名高い「ケネス・アーノルド事件」である。この事件以後、各地で空飛ぶ円盤が報告されるようになり、その目撃が軍事施設周辺にも及んだことでアメリカ陸軍航空隊も重大な関心を持つようになった。当時は第二次世界大戦が終結して2年が経過したが、世界の覇者をめぐる米ソ冷戦は既に始まっている。よって彼らが円盤の正体のひとつとして考えていたものが、ソ連による高性能の航空機だ。陸軍航空隊はケネス・アーノルド事件から3か月後の47年9月に、陸軍から独立し空軍として新設。そして同年12月、ついに空軍内に空飛ぶ円盤調査プロジェクト「プロジェクト・サイン」が発足するに至った。
なお、時代は少し下るが1950年にラジオ解説者のヘンリー J. テイラーが、「空飛ぶ円盤は、アメリカですでに3年近くにわたって行われている、大規模な、しかも次第に拡大してゆく実験計画の一部」「アメリカ空軍当局がそれについての情報を発表してもよいと考えるようになったときは、それは喜ばしいニューズとなるだろう」(リーダーズダイジェスト1950年7月号)と述べている。つまり空飛ぶ円盤の正体は、ソ連ではなく米空軍による秘密実験というわけだ。このような説が出ること自体、やはりソ連の脅威への裏返しと見なすことも可能だろう。
(補足すると、当時は宇宙人の乗り物とする考えが皆無だったわけではない。例えばプロジェクト・サイン内部では、空飛ぶ円盤を地球外から来たものと考える派閥があり、のちに内部闘争を起こすまでになった)
日本では、ケネス・アーノルド事件が発生した翌7月には、空飛ぶ円盤の話題が通信社の外電として新聞にも取り上げられる。だが当時の記事には、やはり宇宙人の要素はない。また子供向け雑誌では、光文社の「少年」1947年(昭和22)11月号に、寺田寅彦に師事した物理学者、中谷宇吉郎が「空飛ぶ圓盤」と題するエッセイを寄稿しており、次のように述べている。
科學的には、まず考えられないことである。もし、ほんとうにそういうことがあったら、なにか今までに知られなかった新しい原理を用いた、新兵器であるのかもしれない。そういうことが、だれにもぴんと感ぜられるので、話がだんだんひろがってきたのであろう。
空飛ぶ円盤の正体は「新兵器」の可能性があり、しかもそれは「だれにもぴんと感ぜられる」という。これが戦争の終わった2年目の“時代の感覚”だった。こような状況だからこそ、日本初の空飛ぶ円盤を題材にした小説に宇宙人の要素がなく、最新鋭の科学を持つ組織の登場は自然なことであった。同様の事例は漫画作品(いわゆる赤本)にも見られる。1948年(昭和23)2月発行の、芳谷まさるによる『長編冒險マンガ 世界の謎 空飛ぶ円盤』(新伸書房)では、円盤の正体について「とくかくすばらしい航空機にちがいない そしてたしかに人間がのっている」というセリフがある。そして円盤は地球とは別の惑星“暗黒星”からきたブラック・スター団の乗り物と判明するも、そのブラック・スター団は黒い覆面頭巾にマントをまとった典型的な悪人のイメージ。そこに宇宙人の要素はなく、人間である。さらに手塚治虫に影響を与えたマンガ家・横井福次郎は、1948年(昭和23)3月に『冒險ターザン』(光文社)刊行しているが、円盤はターザンの敵組織が飛ばしているとする描写がある点も述べておこう。
では「空飛ぶ円盤は宇宙人の乗り物」というイメージが人々に根付いたきっかけは、何であったのだろうか。それは、航空ジャーナリスト、ドナルド・キーホーの影響が大きい。彼が1950年ごろから雑誌への寄稿や著書を通じて「空飛ぶ円盤は宇宙から来ている」「政府はそれを隠ぺいしている」といった説を唱えたことで、このイメージが今日まで広く浸透してゆくことになる。
以上、簡単であるが空飛ぶ円盤が“宇宙人のもの”になる以前の作品と、その背景を紹介した。最後に「長編冒険科學小説 空飛ぶ円盤」の著者、植原路郎について、もう少し触れておこう。
本名は武徳。食に関する著書などがある風俗評論家である。そして彼は1932年(昭和7)に實業之日本社から『明治大正昭和 大事件怪事件誌』という書籍を刊行しており、本書は明治・大正・昭和初期の三つの時代において、社会的に話題となった様々な大事件・怪事件を紹介する内容で、現在歴史の教科書にも載っているような事件から、強盗、詐欺、殺人など、現在の週刊誌が扱うような事件まで多彩なネタを収録している。そしてこの中に「怪飛行機来る」と題した、空飛ぶ円盤をほうふつとさせる項目もあるのだ。まずはその項を引用させていただく。
「怪飛行機來る」
日獨戦争に於いて、靑島が陥落し、我が軍勝利と決したのは、大正三年十一月のことであつたが、この二三ヶ月前から、時折、暗夜に乗じて、帝都の空に、航空機の爆音が響き渡り、人心を騒がせた。當時新聞紙には、「軍用機・民間機とも全く夜間飛行心當りなしと當局では發表してゐる」と報じた。「所屬不明の怪飛行機深夜東京の空を騒がす」といふ見出しで、新聞紙は十數日に渡つて、その正體不明の旨を傳へた。結局正體解らずじまひに終つたが、筆者もその時の音響を確かに聞き取ることが出來た記憶がある。どうしてもプロペラの響きとしか思はれなかつた。
1914年(大正3)、帝都東京の夜空に、飛行機のプロペラ音のみが響き渡るという奇怪な事件が発生。その正体はついに分からなかったという。この記事で触れている日独戦争とは、第一世界大戦における日本とドイツ帝国の戦争で、東アジアの拠点をめぐる「青島の戦い」は特に有名。なお第一次世界大戦の特徴のひとつに、各国が初めて飛行機を戦争で活用したことが挙げられる(日本軍も青島の戦いで臨時航空隊を編成し、実戦投入)。つまりこの時代は、日本および世界で飛行機への関心と需要が急激に高まった時期である。
それを踏まえて「怪飛行機来る」の文章を振り返ってみよう。植原は日独戦争や青島の戦いに言及することで、まず当時の日本が戦時下にあったことを伝えている。この年は帝国飛行協会(現一般財団法人 日本航空協会)主催の第1回民間飛行競技会が兵庫で開催されており、民間の飛行機製作も盛り上がりを見せていた。ならば怪飛行機は、民間飛行機の無許可なテスト飛行だった可能性もありそうだが、この文脈から察するに、植原は怪飛行機の正体を日本と対立する外国が飛ばしていた、と考えていたのではないだろうか。
すると次にこんな考えが浮かんでくる――
戦後になって空飛ぶ円盤が話題となった際、植原自身もその音を聞いたという戦前の怪飛行機が重なり合うことはなかったのだろうか。空飛ぶ円盤の小説を書く上で、怪飛行機が何らかの影響を与えることはなかっただろうか……。
空飛ぶ円盤――
当初それは、“戦争の影”を背負うものであった。
【参考】
カーティス・ピーブルズ, 皆神龍太郎 訳,『人類はなぜUFOと遭遇するのか』,ダイヤモンド社, 1999年
有江富夫,「新編・日本初期UFO図書総目録稿(1947-1974)」『UFO手帖』(2) ,Spファイル友の会, 2017年11月
有江富夫,「新編・日本初期UFO雑誌総目録稿(1947-1974)第1回」『UFO手帖』(5) ,Spファイル友の会, 2020年11月
中根ユウサク,「古書探訪 第1回『明治大正昭和 大事件怪事件誌』」『UFO手帖』(1),Spファイル友の会, 2016年11月
羽仁礼,「アーノルド事件は日本でどう報じられたか」『UFO手帖』(2) ,Spファイル友の会, 2017年11月
「UFO事件簿- ケネス・アーノルド事件後の日本の新聞報道」,
〈http://ufojikenbo.blogspot.com/2019/05/blog-post.html〉,2020年12月29日閲覧
「The Saucers That Time Forgot- 1950 Disclosure: UFOs are Made in the USA」,
〈https://thesaucersthattimeforgot.blogspot.com/2018/11/1950-disclosure-ufos-are-made-in-usa.html〉,2021年1月22日閲覧
「少國民の友」1948年11月号および、『長編冒險マンガ 世界の謎 空飛ぶ円盤』の画像は、国立国会図書館デジタルコレクションより引用させていただきました。
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