※ ジョージ秋山作品のコミックス画像は絶版漫画コレクターの「ぽぽろん」様より提供頂きました。
高円寺庚申通り、昭和四十年代
小学校五年のときだったと思う。
小学校一年のときから友達だった伊藤君と、高円寺まで自転車で行った。
当時、庚申通りには個人経営の小さな本屋さんがあった。伊藤君はそこで自転車を止めた。
買いたいマンガの本があったらしい。
そのときに買ったマンガの本を、後日伊藤君は貸してくれた。
「黒ひげ探偵局」。カッコつけようと思っても、どこかでズッコケてしまう探偵を主人公にした連作短編。
(考えてみたら、この設定、後に描かれるリチャード・ブローティガンの「バビロンを夢見て」を先取りしているかもしれない。)
独特の、ものがなしい笑いがそこにはあった。
当時はまだ、ペーソスという言葉を知らなかった。
伊藤君からは、同じ作家の本を何冊か借りて読んだ。
「ガイコツくん」、「パットマンX」。「ガイコツくん」は、藤子F不二夫先生のマンガによくあるような、奇妙な友達(というか、ガイコツなのである)が現れるマンガだったと思う。
衝撃を受けたのは「パットマンX」であった。
さえない少年が、正義の味方を夢見て、手製のマスクと手づくりの自転車で、ぱっと現れぱっと消えるスーパーヒーロー、パットマンXになろうとするのだが、やることなすこと傍迷惑なことでしかないという、どこか笑えないマンガだったのだ。
交通量が多く、事故の絶えない自動車道路を子どもたちが安全に通りぬけられるようにとトンネルを掘り始めたものの、ガス管を割ったり水道管を破裂させたりで、その度に小言を喰らう。
うろ覚えなのだけれど、心に残っているエピソードがある。
母親が肉体労働をしている子どもが、それを恥ずかしいと思っている。パットマンXは、どうやってその子どもに恥ずかしい思いをさせないためにあれこれ頑張るのだが、どれもこれも空振りに終わる。
しかし、その子どもはあるときを境に、自分を恥じることを止める。
子どもが変わるのは、自分自身の力によってである。それを見て、パットマンXは喜ぶ。
僕にとって、このマンガ家はこんな最高な一作を書いてくれる方であった。
その作品にダークサイドが顔を覗かせはじめるのは、「デロリンマン」という作品からであった。
一流企業のエリート会社員が自殺を図る。
失敗し、世にも醜い姿となる。
家族からも本人と認めてもらえないまま、「魂の故郷へ帰れ」と叫び続ける。
(この作品に関しては、「少年ジャンプ」に連載された初バージョンと、少年マガジンに連載された二度目のバージョンが存在する。)
一応はギャグマンガとして描かれているが、子ども心にも笑えない部分があった。しかし、作品への拒否感があったわけではない。
醜悪な姿になりながら、「魂の故郷に帰れ」と叫び続ける主人公デロリンマンの姿に共感を覚えていたのである。
同時に、そんなデロリンマンに対して「オロカモノメ」としか言わないオロカメンに対しても。
子どもだった僕らだからこそ、向かい合えない何かしらおかしなものについて考えさせてくれる、そんなマンガを描いていた。
子どもだって十分に屈折し、自分の中の矛盾に傷ついている。
そんなことを受け止められる作品を描いていた方であった。
自己の中の矛盾と誠実に向かい合い続けるために、ときに作品は破綻し、単行本化の際に結末がカットされてしまうことさえあった。
追悼。ジョージ秋山先生。
2020年 6月 1日 奥主榮